十人十色の「グローバル人財」を紹介する連載企画。
今回は、グローバル人材の中でも珍しい「職人」さんにフォーカスします。内装業・家具/什器製造業を展開する株式会社THE CHEESE HOUSEの創業者/代表取締役の山本 雅士さんにインタビューさせて頂きました。
自己紹介
この度はお忙しい中インタビューのお時間を頂き誠にありがとうございます。それでは早速ですが、先ず簡単に自己紹介して頂けますか?
株式会社THE CHEESE HOUSE代表の山本と申します。内装業と家具/什器製作事業を行っており、現在12期目を迎えます。本日は宜しくお願いします。
起業して10年後に会社が生存している確率は5%も満たないと言われている中で、12期を迎えるのは素晴らしいですね。
いえ、とんでもないです。起業してからの11年間を振り返っても、大変だなと思うことばかりで日々危機感を持ちながら経営しているというのが率直な気持ちです。
御社と言えば社員の全員が職人であることがとてもユニークですよね
ありがとうございます。全員が現場にも出ているので、お客さんに響かない机上の空論のような提案やサービス提供をしないところは、継続受注という結果に表れているのかなと思います。
強みがきちんと競争優位性として結果に繋がっている点も素晴らしいですね。さて、自己紹介を踏まえてここからは本題のグローバル人材をテーマに色々とお聞かせ頂ければと思います。
高校卒業後に海外へ
山本さんは、日本の高校を卒業してからオーストラリアのメルボルンの専門学校へ渡豪されていますが、そもそもなぜ海外に行こうと思ったのですか?
海外にはずっと以前から興味があり、高校を卒業したら海外に行くと決めていました。父が元々パナソニックの部長として働いていましたが、子供のころから父が毎朝スーツを来て出社し、帰りは酒を飲んで夜遅くに帰ってくる姿を見て、父のことは尊敬していましたが、働き方として私はちょっと違うかなと思っていました。
父親としては尊敬するけど、働き方については反面教師だったのですね…
そうですね。私もこのまま日本にいると、同じような働き方に辿り着きそうな気がして「せっかくなら違う世界を見てみたい」と思い、それで海外に挑戦してみたいと考えるようになりました。また、母親が海外好きだったこともひとつかと思います。家にあるモノも海外のモノが少なくありませんでした。そのため今思えば知らないうちに影響を受けていたかなと思います。最後に日本の縦社会があまり好きじゃなかったというのもあると思います。これについては、父の働き方と重ねて世間を見ていたのかなと思います。
父、母、世間の3つのベクトルが重なり合って、山本さんが自身を海外へと向かわせたわけですね。いきなりディープな内容ありがとうございます。起業家の原体験の更に根底にあるものを感じます。
なぜオーストラリア?
ちなみに山本さんはなぜオーストラリアを選んだのでしょうか?
元々、先ほどの理由から海外で特段何かをしたいという目的はありませんでした。そのため国自体もここじゃなきゃダメというのもなく、強いて言えば昔からサッカーをしていたので、サッカーの強いUKに行きたかったですね。ただ金銭的な問題からUKは早々に無理だと分かりました。そこで高校時代に交換留学したオーストラリアは治安も良いですし当時は物価も安く、現地の雰囲気も好きでしたので最終的にオーストラリアにしました。高校の交換留学先はシドニーでしたが、やはりせっかくなら新しいところに行きたいと思い、専門学校はメルボルンにしました。
国の定めるグローバル人材の定義として、「チャレンジ精神」がありますが、山本さんの敢えて新天地を選ぶところに通じるものがありますね。
オーストラリアの生活
オーストラリアに着いてからはどのように専門学校等決めていったのですか?
まず現地の語学学校に約3ヶ月ほど通いました。その後、後に専攻する家具デザイン学科のある専門学校に入学しました。
やはり専門学校や大学に行く前に語学学校に通うケースは多いですよね。 専門学校入学後はどのような形で物事が進んできましたか?
専門学校では最初の半年間はアートの基本を学びました。その後、専門課程を選択する際に当初は工業デザインを検討していましたが、ある日ペインティング講義で、油絵や水彩絵を描いた際に、教授から絵のセンスがあるねと評価されて、工業デザインではなく、家具デザインを学ばないかと打診を受けました。
セレンディピティの香りがしてきますね。それで教授から私の所に来なさいとなったのですか?
いや、それがオーストラリアっぽくて面白かったのですが、その教授は家具デザインの経験はなく、むしろ今年から自分も生徒として家具デザインを専攻するから一緒に学ばないかという打診を受けました。
教授すごいですね!(笑)大学で友達と「何のクラス取る?」「これ面白そうだから一緒に取らない?」みたいな感覚がその学校の教授と生徒で行われるのが素敵ですね。う~ん…いつになっても学ぶ時は生徒とともに自分も学ぶというそのオーストラリアの教授のマインドは本当に素敵ですね。その光景が美しいとすら思えます。
ただ問題は専攻申請の締め切りが翌日でしたので、興味はあるけどポートフォリオがないから無理だとその教授に伝えました。そしたらその教授が「この絵でいいじゃないか」と。
この話だけでその教授が大好きになりましたよ。
私も、インテリアには興味あったので、何かの縁だと思い、その教授と即席ポートフォリオを持って翌日に家具デザインの教授の所に面談に行きました。ペインティングの教授が私を推してくれたこともあり、結果的に専攻することができました。
もちろん山本さんの絵のセンスあっての話ですが、日本では考えられない心温まるユニークな出来事ですね(笑)
はい、あれがなければ今の自分はないので本当に縁だなと思います(笑)実はその後にもう一つ忘れられない出来事がありまして。専門学校の専攻過程に進めるかは100%ではないので、急遽家具デザインの専攻が決まった時に学費4000ドル必要となりました。けれど日本の親からはそんな早く送れないとなりお金の工面に困っていたんです。
もはやドラマのような展開ですね。
そしたらホームステイ先がオーストラリア人のおばあさんの所だったのですが、おばあさんがその話を聞くと、ガレージに入っていき、戻ってくると「持っていきなさい」とパッと4000ドル出してくれて、返済はいつでもいいからと。
おばあちゃん!(泣)
もちろん返済しましたが、本当に感謝しかなかったです。
オーストラリア初年度でセンセーショナルな人間ドラマが本当にありますね。
オーストラリアの専門学校での日々
専門学校での生活はどうでしたか? 英語で講義についていくのも大変だと思います。大変だったことや辛かったことはありましたか?
正直、あまり辛いと思ったことは特にありません。ただ、私の在学中の時は、若い世代が少なく、年配世代が多かったので、彼らとのコミュニケーションの取り方は難しかった記憶があります。でも喋る時は喋りましたので、あまり気にはならなかったですね。
オーストラリアでの学びの中で衝撃を受けた出会いや気付き等はありましたか?
クラスメイトにスウェーデン人がいて、その人の制作物が本当に秀逸で、センスがずば抜けているなといつも衝撃というかインスパイアされていました。
どの辺りにインスパイアされたのですか?
独創性、色の使い方、彼の作品を見ていると、自分は堅い考えで決まりきったデザインになっていたなと常々思っていました。北欧のデザインの感覚というか、やっぱりすごいなぁという印象で、その後の私の制作においても活かされている大切な学びでした。
デザイン家具、内装、モノづくり、このあたりで日本とオーストラリアでの違いを感じることはありましたか?
一番強く思うことは、日本だと職人の地位は低い印象を受けますが、オーストラリアでは職人に対するリスペクトがある事だと思います。ヨーロッパの国々でもドイツを始め職人に対するリスペクトはありますが、それはオーストラリアでも同じであり素敵だなと感じていました。
生活者の視点ではどうでしょうか?
ものづくりの視点では現地ではDIYが盛んであり、現地のホームセンターは規模も大きく、プロ用途の商品も多数手に入るので、モノづくりの技術力が国民レベルで高いのかなという印象を受けます。 多くの人たちが DIYをするため、その分職人の凄さを体感できるからこそ職人をリスペクトできる土壌があるのではと感じます。
オーストラリアから帰国後、現場経験を積み起業
その後日本に帰国されて内装会社で家具/什器製造を6年ほどされていたとのことですが、そこからどのようにして起業へと至ったのですか?
大きくは3つあります。一つ目に勤めていた会社の経営が厳しくなったことです。2つ目に、私自身も起業は考えていたこと。3つ目に前々からその会社の取引先で工場を出入りしていた安藤(現在の会社の社員)とよく「いつか一緒に仕事をしたいね」と話していたことです。そのため、勤め先の企業がいよいよ厳しく畳むことがほぼ確定した時に、タイミングかなと思い、安藤と一緒に起業しました。
山本さんは一貫して挑戦していますね。まさに「グローバル人財」ですね[
グローバル人財を目指す方々へ
それでは、これから海外へと羽ばたこうとしている方に一言お願いします。
デザインやモノづくりを勉強しに行くなら、現地での遊びもたくさんすると良いと思います。その経験がデザインや作品に個性として反映されると思います。また、ホームステイはピンキリなので、もし何か嫌な思いをしたらそこだけじゃないので我慢しないようにしましょう。
グローバル人財とは?
最後に、山本さんにとっての「グローバル人財」を一言でお願いします。
柔軟なヒト
山本さん、改めて本日はお忙しい中ありがとうございました!
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株式会社 THE CHEESE HOUSE
代表取締役 山本 雅士
1982年生まれ。高校卒業後、渡豪。メルボルンのBOXHILL Instituteにて家具デザイン専攻。帰国後、現場経験を経て内装業・家具/什器製作事業を行う株式会社 THE CHEESE HOUSEを起業。現在12期目を迎える。